女拉致工作員を手配…現地請負の日本人とは誰か
曽我さん母子拉致事件で女工作員に逮捕状が出された。佐渡で起きたこの事件で北当局はかつて日本人の現地請負業者が関与したと主張。その“日本人”の正体とは何か?
11月2日、外務省は北京の外交ルートを通じて北朝鮮に対し、女工作員の身柄引き渡しを要求した。
女工作員の名はキム・ミョンスク。
新潟県警は2日午後、曽我ひとみさん母子の拉致事件でキム工作員の逮捕状を取得し、国際指名手配した。
この女工作員は、朝鮮労働党対外情報調査部(35号室)所属と見られている。35号室のトップはもちろん金正日である。
拉致事件をめぐっては久々に警察が切り込んだ大型の事犯である。6カ国協議再開で米中朝の談合が明らかになる中、我が国の治安機関が独自の動きを示したことを素直に評価したい。
午後の一報に続いて、いくつかの新たな情報も出ているので、現段階で可能な限り整理しておく。
■キム・ミョンスクは推定年齢70~80歳
■曽我さんとは北の施設で数ヶ月、一緒に暮らしていた。
■キム工作員は事件の数日前から佐渡に滞在(新潟県警)
■この女工作員は暫く日本に滞在していた形跡がある(漆間警察庁長官)
■韓国で逮捕された北朝鮮の元工作員の供述などから容疑者を特定
■ジェンキンスさんはキム工作員を平壌の百貨店で目撃
【曽我さん母子拉致では日本人も?】
小泉訪朝での金正日の拉致自供を受けて、政府の調査団が平壌に入った。
2002年9月28日~10月1日。
この時、北朝鮮当局が妙な情報を提出しているのだ。
問題の2項目を抜粋した。
**********
★曽我ひとみさんに関する北の説明★
8:入国経緯 1978年8月12日、特殊機関工作員が身分隠しおよび語学教育の目的で現地請負業者(日本人)に依頼し、引渡しを受けて連れてきた。
11:母・ミヨシさんについては承知していない。特殊機関工作員が現地請負業者から引き渡しを受けたのは曽我ひとみさん一人だけ。
**********
北朝鮮の情報を額面通り受け取るのは愚かしいだろう。常に100%の作為がある。
ただ、これまでに曽我ひとみさんは船の上で、たどたどしい日本語を話す女の声が聞こえたと証言している。
【なぜ日本語が交わされたのか】
曽我さん母子は自宅から100mの付近で拉致された。そして、近くを流れる国府川に係留されていた小舟に乗せられ、その後、沖合で大型の船に移される。
曽我さんが日本語の女の声を聞いたのは、その大きな船でのことだった。女工作員が、曽我さん母子に向かって日本語で語ったのではないようだ。
つまり、船にはもう一人、日本語を話す人物がいて、女工作員がその人物と話していた…と考えるのが自然だ。
この状況証拠から、やはり“現地請負業者”は存在していたのではないか?
その人間が日本人であるとは限らない。北の情報を信じてはダメだろう。
「どちらかと言えば日本語の方が得意な者」といった程度の認識で充分ではないか。
北朝鮮に忠誠を誓いながらも朝鮮語が不得手な者が我が国には大勢いる。
そこで参考になるのが「土台人」である。
【土台人ルートの突破が鍵か】
北朝鮮の対南工作機関で使われるのが「土台人」という専門用語だ。
その定義は、北朝鮮系の在日コリアンや、北朝鮮国内に肉親が現存している者。
北の工作機関は、こうした土台人を選定して接近。親族の身の安全と引き換えにして危険な工作任務を強要するとされる。
曽我さん母子の拉致に関わったと北が主張する日本人とは「土台人」のことではないか。
拉致被害者家族の多くが、数々の拉致事件で車が使われた形跡があるのに、乗り捨てられた車が発見されていないことを疑問視している。
これは、拉致事件で国内協力者が存在していることを示すものだ。曽我さんのケースも同様だろう。
【本当に朝鮮総連は無関係なのか?】
こうした日本国内で拉致の手引きをする者と朝鮮総連との関係は詳らかになっていない。非常に残念である。
だが、本当に接点はまったくないのか?
これは拉致事件が一般化した時から上がっていた素朴な疑問である。
「なぜ、日本語を話せる者が帰国事業で北朝鮮に渡っているのに、日本人をわざわざ拉致する必要があるのか?」
こうした指摘は、かつて拉致事件を否定しようとする勢力から出されていた。旧社会党関係者のことだ。
実際には、わざわざ日本人を狙っていた。
総連の非関与に対する北朝鮮ウォッチャーの回答は「金正日自身が総連出身者を信用していないからだ」というものである。
また、万が一、容疑者が連座したらカネづるの朝鮮総連が壊滅するので、それを避けた…という見方もある。
真相は未だ闇の中に仕舞われている。
再び曽我さんのケースに立ち戻ってみよう。
【佐渡が工作活動の拠点と告白】
朝鮮総連の関係者2人が、佐渡が工作活動の拠点だった可能性を明かしている。
一人は『わが朝鮮総連の罪と罰』の著者・韓光熙氏。
肩書きは元朝鮮総連中央本部財政局副局長だ。
韓光熙氏は著書の中で、上司の依頼を受けて60年代に船が接岸し易いポイントをまとめ、全国38カ所の地点を選んだ。
そのうちの3カ所が佐渡島に集中している。
旧小木町宿根木 旧相川町藻浦崎
旧両津市黒姫
曽我さん拉致現場である真野町は、藻浦崎と宿根木のちょうど中間にある。
もう一人は『北朝鮮 裏切られた楽土』などの著者・張明秀氏。ワイドショーなどでも時折、顔を出してコメントを寄せる人物だ。
肩書きは元朝鮮総連新潟本部副委員長。
張氏は60年代半ば、新潟出張所経理課長時代に庶務課長にカメラを渡され、佐渡の岬を撮影するよう要請されたと言う。場所は詳しく覚えていないが、写真が工作員の出入りに使われると直感した述懐している。
佐渡での工作活動と総連の接点はいくつか告白されているのだが、少しばかり年代が古く、2人に指示した上司は物故しているようだ。
この点では公安の調査にも限界がある。
【手引きした者を白日の下に晒せ】
キム・ミョンスク工作員は、1週間にわたって佐渡島に潜伏していたとも報じられている。季節は夏。昭和53年と言っても、野宿している者の方が目立つのは現在と同じだろう。
果たして、工作員はどこに潜んでいたのか?どこかの民宿か、民家か…日本語がさほど上手でないとしたら、民家に隠れていたとしか考えられない。
この辺りの事情は県警レベルでも把握しているハズだ。
公安レベルでは更に深い情報まで入手しているだろう。
それがストレートに朝鮮総連にリンクしなくても、揺さぶるには充分だ。手引きした人間がのうのうと暮らせる時代を一刻も早く終わらせる必要がある。
横田めぐみさんが拉致された夜、新潟ではKB情報が発令されていた。
KB=コリアン・ボート。
海保の巡視艇はKB情報が出される度に出動し、工作船を限界まで追尾していたとも伝えられる。
公安機関は遥か昔から、北朝鮮が国内で不法活動を続けても、手をこまねいているしかなかった。
日本国内の北朝鮮…
その実態を白日の下に晒した時、列島にはパニックに近い現象が起きるかも知れない。
しかし、日本人の民度の高さを信じて良い。
朝鮮総連の関係施設を集団で襲撃したり、無関係の在日の児童に手をかけたりする乱暴者はいない。
北朝鮮と深い共犯関係にあるのは、ひと握りの総連幹部、ごく少数の北系商人、そして幾人かの政治家だけだ。
怯まずに巨悪を叩き潰せ。
この機会を逃してはならない。
〆
11月2日、外務省は北京の外交ルートを通じて北朝鮮に対し、女工作員の身柄引き渡しを要求した。
女工作員の名はキム・ミョンスク。
新潟県警は2日午後、曽我ひとみさん母子の拉致事件でキム工作員の逮捕状を取得し、国際指名手配した。
この女工作員は、朝鮮労働党対外情報調査部(35号室)所属と見られている。35号室のトップはもちろん金正日である。
拉致事件をめぐっては久々に警察が切り込んだ大型の事犯である。6カ国協議再開で米中朝の談合が明らかになる中、我が国の治安機関が独自の動きを示したことを素直に評価したい。
午後の一報に続いて、いくつかの新たな情報も出ているので、現段階で可能な限り整理しておく。
■キム・ミョンスクは推定年齢70~80歳
■曽我さんとは北の施設で数ヶ月、一緒に暮らしていた。
■キム工作員は事件の数日前から佐渡に滞在(新潟県警)
■この女工作員は暫く日本に滞在していた形跡がある(漆間警察庁長官)
■韓国で逮捕された北朝鮮の元工作員の供述などから容疑者を特定
■ジェンキンスさんはキム工作員を平壌の百貨店で目撃
【曽我さん母子拉致では日本人も?】
小泉訪朝での金正日の拉致自供を受けて、政府の調査団が平壌に入った。
2002年9月28日~10月1日。
この時、北朝鮮当局が妙な情報を提出しているのだ。
問題の2項目を抜粋した。
**********
★曽我ひとみさんに関する北の説明★
8:入国経緯 1978年8月12日、特殊機関工作員が身分隠しおよび語学教育の目的で現地請負業者(日本人)に依頼し、引渡しを受けて連れてきた。
11:母・ミヨシさんについては承知していない。特殊機関工作員が現地請負業者から引き渡しを受けたのは曽我ひとみさん一人だけ。
**********
北朝鮮の情報を額面通り受け取るのは愚かしいだろう。常に100%の作為がある。
ただ、これまでに曽我ひとみさんは船の上で、たどたどしい日本語を話す女の声が聞こえたと証言している。
【なぜ日本語が交わされたのか】
曽我さん母子は自宅から100mの付近で拉致された。そして、近くを流れる国府川に係留されていた小舟に乗せられ、その後、沖合で大型の船に移される。
曽我さんが日本語の女の声を聞いたのは、その大きな船でのことだった。女工作員が、曽我さん母子に向かって日本語で語ったのではないようだ。
つまり、船にはもう一人、日本語を話す人物がいて、女工作員がその人物と話していた…と考えるのが自然だ。
この状況証拠から、やはり“現地請負業者”は存在していたのではないか?
その人間が日本人であるとは限らない。北の情報を信じてはダメだろう。
「どちらかと言えば日本語の方が得意な者」といった程度の認識で充分ではないか。
北朝鮮に忠誠を誓いながらも朝鮮語が不得手な者が我が国には大勢いる。
そこで参考になるのが「土台人」である。
【土台人ルートの突破が鍵か】
北朝鮮の対南工作機関で使われるのが「土台人」という専門用語だ。
その定義は、北朝鮮系の在日コリアンや、北朝鮮国内に肉親が現存している者。
北の工作機関は、こうした土台人を選定して接近。親族の身の安全と引き換えにして危険な工作任務を強要するとされる。
曽我さん母子の拉致に関わったと北が主張する日本人とは「土台人」のことではないか。
拉致被害者家族の多くが、数々の拉致事件で車が使われた形跡があるのに、乗り捨てられた車が発見されていないことを疑問視している。
これは、拉致事件で国内協力者が存在していることを示すものだ。曽我さんのケースも同様だろう。
【本当に朝鮮総連は無関係なのか?】
こうした日本国内で拉致の手引きをする者と朝鮮総連との関係は詳らかになっていない。非常に残念である。
だが、本当に接点はまったくないのか?
これは拉致事件が一般化した時から上がっていた素朴な疑問である。
「なぜ、日本語を話せる者が帰国事業で北朝鮮に渡っているのに、日本人をわざわざ拉致する必要があるのか?」
こうした指摘は、かつて拉致事件を否定しようとする勢力から出されていた。旧社会党関係者のことだ。
実際には、わざわざ日本人を狙っていた。
総連の非関与に対する北朝鮮ウォッチャーの回答は「金正日自身が総連出身者を信用していないからだ」というものである。
また、万が一、容疑者が連座したらカネづるの朝鮮総連が壊滅するので、それを避けた…という見方もある。
真相は未だ闇の中に仕舞われている。
再び曽我さんのケースに立ち戻ってみよう。
【佐渡が工作活動の拠点と告白】
朝鮮総連の関係者2人が、佐渡が工作活動の拠点だった可能性を明かしている。
一人は『わが朝鮮総連の罪と罰』の著者・韓光熙氏。
肩書きは元朝鮮総連中央本部財政局副局長だ。
韓光熙氏は著書の中で、上司の依頼を受けて60年代に船が接岸し易いポイントをまとめ、全国38カ所の地点を選んだ。
そのうちの3カ所が佐渡島に集中している。
旧小木町宿根木 旧相川町藻浦崎
旧両津市黒姫
曽我さん拉致現場である真野町は、藻浦崎と宿根木のちょうど中間にある。
もう一人は『北朝鮮 裏切られた楽土』などの著者・張明秀氏。ワイドショーなどでも時折、顔を出してコメントを寄せる人物だ。
肩書きは元朝鮮総連新潟本部副委員長。
張氏は60年代半ば、新潟出張所経理課長時代に庶務課長にカメラを渡され、佐渡の岬を撮影するよう要請されたと言う。場所は詳しく覚えていないが、写真が工作員の出入りに使われると直感した述懐している。
佐渡での工作活動と総連の接点はいくつか告白されているのだが、少しばかり年代が古く、2人に指示した上司は物故しているようだ。
この点では公安の調査にも限界がある。
【手引きした者を白日の下に晒せ】
キム・ミョンスク工作員は、1週間にわたって佐渡島に潜伏していたとも報じられている。季節は夏。昭和53年と言っても、野宿している者の方が目立つのは現在と同じだろう。
果たして、工作員はどこに潜んでいたのか?どこかの民宿か、民家か…日本語がさほど上手でないとしたら、民家に隠れていたとしか考えられない。
この辺りの事情は県警レベルでも把握しているハズだ。
公安レベルでは更に深い情報まで入手しているだろう。
それがストレートに朝鮮総連にリンクしなくても、揺さぶるには充分だ。手引きした人間がのうのうと暮らせる時代を一刻も早く終わらせる必要がある。
横田めぐみさんが拉致された夜、新潟ではKB情報が発令されていた。
KB=コリアン・ボート。
海保の巡視艇はKB情報が出される度に出動し、工作船を限界まで追尾していたとも伝えられる。
公安機関は遥か昔から、北朝鮮が国内で不法活動を続けても、手をこまねいているしかなかった。
日本国内の北朝鮮…
その実態を白日の下に晒した時、列島にはパニックに近い現象が起きるかも知れない。
しかし、日本人の民度の高さを信じて良い。
朝鮮総連の関係施設を集団で襲撃したり、無関係の在日の児童に手をかけたりする乱暴者はいない。
北朝鮮と深い共犯関係にあるのは、ひと握りの総連幹部、ごく少数の北系商人、そして幾人かの政治家だけだ。
怯まずに巨悪を叩き潰せ。
この機会を逃してはならない。
〆
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