河野洋平は13階段を昇れ…10年前の愚かなる弁明
10年前、有志議員が研究会に河野洋平を招き、問い質した。その時の河野の口から出た言葉は余りにも愚かしいものだった…後世に禍根を残さない為に今こそ談話を切り崩す必要がある。
それは河野洋平という売国政治家の野心と下心に発していた…
決定的な資料もなく、ほぼ河野の主観で塗り固められた「河野売国談話」は、我が国を貶め、多大な不利益を与え続けている。
河野売国談話を国民有志の手で叩き潰し、撤回に追い込む作業は急務だ。
2007年度版の慰安婦策動が、これまでとは異なったスタイルで不気味な広がりを見せる中、よーめん氏と瀬戸弘幸氏が最前線に立って「白紙撤回」のムーブメントを開始された。
この国は少し変だ!よーめんのブログ6月16日『署名活動始めました!』
極右評論6月16日『河野談話の白紙撤回を求めて』
↓署名はこちらからも
『河野談話.com』http://kounodanwa.com
筆者も実名で署名した。これは署名であると同時に、売国・反日勢力から我が国を守り抜く志を明かす決意表明だ。より多くの方が署名活動に参加し、具体的な声をあげることを望んでやまない。
河野売国談話が14年間も生き残って来たことは、取りも返さず、国を憂う人々の声が、メディアの表面上に現れず、敵に打撃を加えるに至らなかったことである。
いま必要なのは、反撃に転じる決意表明と、徹底的に迎撃する気概だ。それぞれが胸に深い思いを秘めていても、形にならなければ、敵陣に打撃を与えることは出来ない。
何よりも“実弾”を撃ち込むことに意味がある。
2007年6月14日…敵陣営を震撼させる一撃が放たれた。それは実に正鵠を射たものだった。
【THE FACTSの衝撃弾】
6月14日付けワシントン・ポスト紙に載った『THE FACTS』は、激しい反響を呼び起こし、広範に知られる出来事となった。
作曲家のすぎやまこういち氏や西村幸祐氏ら5人の「歴史事実委員会」メンバーが中心となった実現したものだ。それは米有力紙の1頁を割いて、慰安婦捏造ストーリーの真実を説き明かしただけに留まらない。
▽WP紙上の『THE FACTS』(AFP)
多くの有志は既に内容を把握・理解されていると推察するが、重要なのは、この『THE FACTS』が“意見広告”ではなく、歴史的事実の羅列であることだ。
オピニオンと事実(FACT)は全く異なる。それぞれの“見解”の前に、まず歴史的な事実が存在する。慰安婦捏造ストーリーなど、知る由もなかった米国民らに、論議の土台となる基礎知識を投げ与えた…
筆頭に挙げるべき大きな意味は、そこにある。
さらに『THE FACTS』は、反日特ア国家にも激しい動揺をもたらした。
未だに挺身隊との区別がつかない韓国メディアはもちろん、『THE FACTS』は、反日総司令部である北京及びシナ全土に波紋を広げる事態となった。
『中南海の黄昏』6月15日付けエントリでの集計によれば、新聞TV通信社など、100近くの媒体に『THE FACTS』に関する記事が踊ったという。
▽関連記事の写真(中国新聞網)
その内容は、攻撃的なトーンこそ低かったが、改めて記事の多さと中共メディアの脊髄反射ぶりに感嘆する。確実なリアクションが目に煮える形で現れたのだ。
放たれた弾は決して的を逸れることなく、正確に核心部を撃ち抜いていた…
【余りに稚拙な河野洋平の弁明】
マイク・ホンダが、いみじくも明かしたように、連中は何一つ明白な根拠を持っていない。未だにスモーキング・ガンを手にしていないのだ。論拠としているのは、あくまで河野売国談話だ。
93年の官房長官談話発表後、河野洋平は、調査過程や発言の主旨について殆ど口を閉ざしている。再三、産経新聞がインタビューを申し入れたものの、拒絶し続けているという。
徹底して逃げているのだ。
▽演説する河野洋平(全国町村会HPより)
その中、ただ1回、河野洋平が吊るし上げにされたことがあった。
今から10年前の平成9年(1997年)6月17日。現在の中川昭一政調会長が代表を務める「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が、勉強会の“講師”として、河野洋平を招いて問い質した。
唯一とも言える河野洋平の弁明である。
河野洋平は直球をかわしつつ、のらりくらりと答弁しているが、問題の歴史的事実に関してはハッキリと、こう答えている。
「官房長官として外政審議室を奨励して、関係各省、それからたしか役所だけではなかったと思いますが、資料がありそうな場所は相当幅広く当たったことは事実でございます。
そこで、あったか、なかったか、という問題になると、はっきりあったと言えるのは、慰安所がというものがあったということははっきりいたしました。
慰安所というものがあって、なぜ慰安所をつくったかについてはいろいろ理由もあるわけですが、それは置くとして、慰安所というものがあって、そこに働く女性がいたということもはっきりしている」
(展転社『歴史教科書への疑問』427~428頁)
▽ベトナム首相演説時の河野洋平
河野洋平は“従軍慰安婦”に関する公的資料捜索の大号令を命じていた。しかし、河野は「慰安所」に関する資料だけで嬉々としていたのだ…
最初から、この売国政治家は慰安婦問題の意味すら理解できていなかったようである。しかも、その認識は、第1次慰安婦策動が尻すぼみになった97年のものだ。
【談話を決定付けた「思える節」】
さらに河野洋平は、曖昧な答弁を続ける。
「そういう資料がなかったということは、資料がないんだからなかったんだ、と決められるかどうか。逆に言えば、資料がなかったのにあったと言えるかと言えば、これもまたその逆でございまして、言えることは、『資料がなかった』ということは事実としてはっきりさせておかなければならない」(前掲書429頁)
支離滅裂な論理展開で、自分でも何を言いいたいのか、よく解っていないようだ…「資料がなかった事実」は仕方なく認めている。ところが、その先があるのだ。
「ただし、資料はありませんでしたが、もろもろ様々な人たちの発言などを聞いてみると、やはりいろいろなことがあったのではないかと。全く非公式に、これはそう簡単なことではなかったのではないか、と思える節もある」(前掲書429頁)
最後は「思える節もある」だ…
つまり河野洋平は「思える節」を材料に、国家を代表する公式発言「河野売国談話」を発表したのだ。自分の主観的な思い込みから文章を作成させ、謝罪したのである。
▽河野洋平&温家宝
それが我が国に、いかに禍根を残すことになったか、改めて今こそ問われるべきだろう。「河野売国談話」は、河野洋平本人の弁明によって、すでに自己崩壊している。
ちなみに河野を吊るし上げた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は、中山成彬会長(元文科相)に引き継がれ、現在も有志議員として反河野の急先鋒となっている。
展転社『歴史教科書への疑問』には当時のメンバーが多数登場。あの吉見義明を針のムシロに立たせたりしているが、改めて登場議員を眺めると、安倍内閣で登用されている人物が目立つ。
▽展転社『歴史教科書への疑問』
河野洋平はその日の質疑のまとめで、聞き捨てならない発言をしている。
【買春ツアーと“従軍”を並べる妄論】
「私は最後に一言だけ申し上げますが、やはり日本は品格ある国づくりというものを目指すべきだというふうに思うんです。(略)
せっかくここに出席させていただきましたから一言だけ申し上げれば、依然として例えば東南アジアに対する買春ツアーとか、そういうものがあると言われている。こういうことが言われる国というものはそんなにありません。
私はそういう点についても我々はもう少し深刻に考える必要があるのではないかと」(前掲書446頁)
河野洋平の頭の中で“従軍慰安婦”と、買春ツアーは並列して論じられるテーマのようだ。「次元が違う」というレベルではなく、この男が慰安婦論議の本質をまったく理解してなかったことが分かる。
▽売国奴トリオ
もっとも河野洋平にとって、慰安婦の真偽など端から問題ではなかった。無理やり、官房長官という立場を利用して、我が国を貶めることが出来れば、それで満足だった…
河野売国談話は巧妙に仕掛けられた反日策動に呼応するもので、 情報戦としての位置付けが最も重要だ。その背景には未だ多岐に渡る問題が仕舞い込まれている。
しかし、上記の平成9年に行なわれた本人の弁明は、河野洋平という大物媚中政治家の愚かさを如実に明かすものだろう。この男は自分が犯した罪の重さを未だに認めていない。それが大問題だ。
本当に愚かしく、罪深い…
河野洋平は13階段を昇れ。
自ら昇る意思も覚悟もないのであれば、国民有志の手で、階段の前まで引き摺り出す必要がある。
〆
最後まで読んで頂き有り難うございます♪
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発 となります
↓
それは河野洋平という売国政治家の野心と下心に発していた…
決定的な資料もなく、ほぼ河野の主観で塗り固められた「河野売国談話」は、我が国を貶め、多大な不利益を与え続けている。
河野売国談話を国民有志の手で叩き潰し、撤回に追い込む作業は急務だ。
2007年度版の慰安婦策動が、これまでとは異なったスタイルで不気味な広がりを見せる中、よーめん氏と瀬戸弘幸氏が最前線に立って「白紙撤回」のムーブメントを開始された。
この国は少し変だ!よーめんのブログ6月16日『署名活動始めました!』
極右評論6月16日『河野談話の白紙撤回を求めて』
↓署名はこちらからも
『河野談話.com』http://kounodanwa.com
筆者も実名で署名した。これは署名であると同時に、売国・反日勢力から我が国を守り抜く志を明かす決意表明だ。より多くの方が署名活動に参加し、具体的な声をあげることを望んでやまない。
河野売国談話が14年間も生き残って来たことは、取りも返さず、国を憂う人々の声が、メディアの表面上に現れず、敵に打撃を加えるに至らなかったことである。
いま必要なのは、反撃に転じる決意表明と、徹底的に迎撃する気概だ。それぞれが胸に深い思いを秘めていても、形にならなければ、敵陣に打撃を与えることは出来ない。
何よりも“実弾”を撃ち込むことに意味がある。
2007年6月14日…敵陣営を震撼させる一撃が放たれた。それは実に正鵠を射たものだった。
【THE FACTSの衝撃弾】
6月14日付けワシントン・ポスト紙に載った『THE FACTS』は、激しい反響を呼び起こし、広範に知られる出来事となった。
作曲家のすぎやまこういち氏や西村幸祐氏ら5人の「歴史事実委員会」メンバーが中心となった実現したものだ。それは米有力紙の1頁を割いて、慰安婦捏造ストーリーの真実を説き明かしただけに留まらない。
▽WP紙上の『THE FACTS』(AFP)
多くの有志は既に内容を把握・理解されていると推察するが、重要なのは、この『THE FACTS』が“意見広告”ではなく、歴史的事実の羅列であることだ。
オピニオンと事実(FACT)は全く異なる。それぞれの“見解”の前に、まず歴史的な事実が存在する。慰安婦捏造ストーリーなど、知る由もなかった米国民らに、論議の土台となる基礎知識を投げ与えた…
筆頭に挙げるべき大きな意味は、そこにある。
さらに『THE FACTS』は、反日特ア国家にも激しい動揺をもたらした。
未だに挺身隊との区別がつかない韓国メディアはもちろん、『THE FACTS』は、反日総司令部である北京及びシナ全土に波紋を広げる事態となった。
『中南海の黄昏』6月15日付けエントリでの集計によれば、新聞TV通信社など、100近くの媒体に『THE FACTS』に関する記事が踊ったという。
▽関連記事の写真(中国新聞網)
その内容は、攻撃的なトーンこそ低かったが、改めて記事の多さと中共メディアの脊髄反射ぶりに感嘆する。確実なリアクションが目に煮える形で現れたのだ。
放たれた弾は決して的を逸れることなく、正確に核心部を撃ち抜いていた…
【余りに稚拙な河野洋平の弁明】
マイク・ホンダが、いみじくも明かしたように、連中は何一つ明白な根拠を持っていない。未だにスモーキング・ガンを手にしていないのだ。論拠としているのは、あくまで河野売国談話だ。
93年の官房長官談話発表後、河野洋平は、調査過程や発言の主旨について殆ど口を閉ざしている。再三、産経新聞がインタビューを申し入れたものの、拒絶し続けているという。
徹底して逃げているのだ。
▽演説する河野洋平(全国町村会HPより)
その中、ただ1回、河野洋平が吊るし上げにされたことがあった。
今から10年前の平成9年(1997年)6月17日。現在の中川昭一政調会長が代表を務める「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が、勉強会の“講師”として、河野洋平を招いて問い質した。
唯一とも言える河野洋平の弁明である。
河野洋平は直球をかわしつつ、のらりくらりと答弁しているが、問題の歴史的事実に関してはハッキリと、こう答えている。
「官房長官として外政審議室を奨励して、関係各省、それからたしか役所だけではなかったと思いますが、資料がありそうな場所は相当幅広く当たったことは事実でございます。
そこで、あったか、なかったか、という問題になると、はっきりあったと言えるのは、慰安所がというものがあったということははっきりいたしました。
慰安所というものがあって、なぜ慰安所をつくったかについてはいろいろ理由もあるわけですが、それは置くとして、慰安所というものがあって、そこに働く女性がいたということもはっきりしている」
(展転社『歴史教科書への疑問』427~428頁)
▽ベトナム首相演説時の河野洋平
河野洋平は“従軍慰安婦”に関する公的資料捜索の大号令を命じていた。しかし、河野は「慰安所」に関する資料だけで嬉々としていたのだ…
最初から、この売国政治家は慰安婦問題の意味すら理解できていなかったようである。しかも、その認識は、第1次慰安婦策動が尻すぼみになった97年のものだ。
【談話を決定付けた「思える節」】
さらに河野洋平は、曖昧な答弁を続ける。
「そういう資料がなかったということは、資料がないんだからなかったんだ、と決められるかどうか。逆に言えば、資料がなかったのにあったと言えるかと言えば、これもまたその逆でございまして、言えることは、『資料がなかった』ということは事実としてはっきりさせておかなければならない」(前掲書429頁)
支離滅裂な論理展開で、自分でも何を言いいたいのか、よく解っていないようだ…「資料がなかった事実」は仕方なく認めている。ところが、その先があるのだ。
「ただし、資料はありませんでしたが、もろもろ様々な人たちの発言などを聞いてみると、やはりいろいろなことがあったのではないかと。全く非公式に、これはそう簡単なことではなかったのではないか、と思える節もある」(前掲書429頁)
最後は「思える節もある」だ…
つまり河野洋平は「思える節」を材料に、国家を代表する公式発言「河野売国談話」を発表したのだ。自分の主観的な思い込みから文章を作成させ、謝罪したのである。
▽河野洋平&温家宝
それが我が国に、いかに禍根を残すことになったか、改めて今こそ問われるべきだろう。「河野売国談話」は、河野洋平本人の弁明によって、すでに自己崩壊している。
ちなみに河野を吊るし上げた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は、中山成彬会長(元文科相)に引き継がれ、現在も有志議員として反河野の急先鋒となっている。
展転社『歴史教科書への疑問』には当時のメンバーが多数登場。あの吉見義明を針のムシロに立たせたりしているが、改めて登場議員を眺めると、安倍内閣で登用されている人物が目立つ。
▽展転社『歴史教科書への疑問』
河野洋平はその日の質疑のまとめで、聞き捨てならない発言をしている。
【買春ツアーと“従軍”を並べる妄論】
「私は最後に一言だけ申し上げますが、やはり日本は品格ある国づくりというものを目指すべきだというふうに思うんです。(略)
せっかくここに出席させていただきましたから一言だけ申し上げれば、依然として例えば東南アジアに対する買春ツアーとか、そういうものがあると言われている。こういうことが言われる国というものはそんなにありません。
私はそういう点についても我々はもう少し深刻に考える必要があるのではないかと」(前掲書446頁)
河野洋平の頭の中で“従軍慰安婦”と、買春ツアーは並列して論じられるテーマのようだ。「次元が違う」というレベルではなく、この男が慰安婦論議の本質をまったく理解してなかったことが分かる。
▽売国奴トリオ
もっとも河野洋平にとって、慰安婦の真偽など端から問題ではなかった。無理やり、官房長官という立場を利用して、我が国を貶めることが出来れば、それで満足だった…
河野売国談話は巧妙に仕掛けられた反日策動に呼応するもので、 情報戦としての位置付けが最も重要だ。その背景には未だ多岐に渡る問題が仕舞い込まれている。
しかし、上記の平成9年に行なわれた本人の弁明は、河野洋平という大物媚中政治家の愚かさを如実に明かすものだろう。この男は自分が犯した罪の重さを未だに認めていない。それが大問題だ。
本当に愚かしく、罪深い…
河野洋平は13階段を昇れ。
自ら昇る意思も覚悟もないのであれば、国民有志の手で、階段の前まで引き摺り出す必要がある。
〆
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この記事へのコメント
既に暗愚の首相であった村山は叙勲してしまった。
この日本を貶めた男にに日本が勲章を与える事は絶対あってはならない。
今直ぐ国会喚問して問い詰めろ!!
河野洋平は証拠を出せ!!
出来ぬなら議員辞職・政界引退せよ!!
…いやはや、河野は恐ろしいほどの馬鹿ですね。
国策を担わせてはなりません。一刻も早く政界から追放すべきです。
職場でも少しづつこの問題を知らなかった人へ啓蒙しています。河野洋平!!日本人としての誇りが少しでもあるなら恥を知り腹切って死ね!!糞虫には無理か!
THE FACTSも画期的だった。理性派の思考様式は「論より証拠」だから、理性派には事実を正しく伝える必要がある。
一方、「慰安婦あった派」や「大虐殺あった派」の思考様式は「証拠より論」だ。「論」が先立つ彼らに「証拠」を百万遍突きつけても無駄である。「若手議員の会」における河野のわけの分からぬ弁明が、それを物語っている。(
2 に続く)
山形3区、和歌山3区、福岡2区など売国議員の選挙区も事情は全く同じ。
彼らを議員にさせないためには、自民党が公認しないことしかない。彼らが非公認で出馬しようがしまいが勝手だが「彼らに代わる人物」を立てない限り、落選させられない…というようなことを4月21日の拙ブログ【売国議員に”刺客・不公認”のススメ】に書きました。
「河野談話撤回運動」と同様に、「売国議員非公認運動」の必要性をひしひしと感じます。
河野談話撤回署名の件 ご賛同ありがとうございます。
河野談話のリンクが貼ってありましたので。至急協賛ブロガーに名を連ねて下さい。
署名数は現在4000件です。25日の一度目の提出までその倍はいきたいのです。
米国下院で謝罪決議が可決されると日本国内の左翼政党らが生きをぶり返し自民党内が揺れる事になり、日本まで危ない決議を出さないとも限りません。そこで署名を定期的に手渡し「国民は従軍慰安婦問題(河野談話)を認めていない」と言う意思表示を常にして行く必要があります。
米国下院議員可決の26日前後は要注意デーです。
これが炸裂すると、マスゴミは無防備状態になってしまうらしい。公安は、80年代、とある亡命者から、北や共産圏に対する国内の、資金洗浄組織に関する情報を入手した。
この情報は、当時の自民党最大派閥議員および社会党議員を尽く社会的に抹殺するほどの威力を持っていた。現在も一部非主流派の自民党議員と民主党議員の大半、そしてその他有象無象政党議員を巻き込む程の威力があるという。
総連に検察が入れば、その情報の裏づけが行われる。この場合関係団体は必死の抵抗をするだろう。安倍氏が、それを実行すると思っているので、今マスゴミも必死になって安倍潰しにかかっている。
南北ともに好き放題やり過ぎたのだ。問題は南北そろってそれに気付いていないことだ。朝鮮人たちを日本人が冷笑しだすのは、もう間近だ。
河野洋平氏への日本国民の冷笑はそれよりも早くもう始まっている。河野氏の最後の政治家としての勤めは、談話を自ら否定することだ。
「署名は実名・実住所」というのが基本なのかと思い、私も実名・実住所で署名してしまいましたが、HNもOKなんですかね。
しかし、署名数4,000件とは、私が思っていたより少なかったです。よーめんさん、瀬戸先生、博士、アネモネさん・・・その他のトップブロガーがほぼ全員署名を呼びかけておられるので2万件くらい集まっているだろうと思っていました。
もっと呼びかけなくてはならんですね。
日曜日に靖国神社系の集まりがあるので、そこでも署名を呼びかけてみます。
100%黙殺されるでしょう。
自分に出来ることは何か、これからも考えて行きたいと思います。
政治関連ニュースでは「説明責任」という言葉が使われますが、河野は沈黙を続けています。与野党含め、極めて異常な現状です。
>現役保険営業マン
こんばんは。河野を守る勢力は与野党問わず多く、議員には期待できません…そこにこそ国民有志が追及する必要があるようです。
>ココアさま
正式な署名は実名が基本とのことです。平行して、非ネットユーザーにこそ呼びかけを行なうことは大変重要ですね。
>風来坊さま
神奈川17区は異常で、運動もせず当選できる状況が完備されてます。いったい河野の背後には何があるんでしょうか、謎です。
>18さま
THE FACTSはこれ迄になかった反撃の狼煙です。その意義については改めて述べますが、朝日読者にこそ教えたい事実です。
>名無しマヘル神信者さま
ご署名ありがとうございます。今重要なのは、声を形にすることですね。
>悪を討つ様
顔写真を見るだけでもムカムカして…河野談話は発表時の政府部内に問題がありますが、個人攻撃したくて、つい悪口ばかりを。
こちらからも御礼を申し上げます。署名は効果的な実弾になります。より多くの方が早急に署名されることを望みます。
>よーめん様
こちらこそ発声が遅れて申し訳ありません。表紙=トップページにリンク画像を貼付けました。微力ながら応援させて頂きます。
>名無しの経営者さま
裏金とマネロンの疑惑は確かでしょう。そこに一部の新聞社幹部がどう関与していたのか…巨大地雷は埋め込まれたままです。
>ナルトさま
こんにちは。一週間以内で4000は凄い数です。早急に1万を目指して、拡大にどんな手があるか、みんなで知恵を絞りましょう。
>zzさま
河野HPは良いアイデアです。河野にしてもこれだけ纏まった国民の声を知れば、何かを感じ取ることと思います。
顔が見えない分、慎重になると思います。
公明党の選挙活動支援の一環として学会員が署名活動に回ってきます。その時に奥さんが家族全員の名前を書くとかありますから案外いい加減です。まぁ、内容も大したものでないですから、いちいち確認しないのかもしれません。
拙記事のご参照ありがとうございます。
広告掲載直後の大陸メディアの反応は控えめなものでしたが、中曽根元首相との会談を終えたからなのか、日本メディアの「採択の可能性大」との報道に気を良くしたのか、20日から各種脊髄反射記事が報じられています。それでも反日力は以前と比べると抑えられてはいますが。
また日本の議員からの南京虫事件や抗日テーマパークの捏造写真に対する指摘にも敏感に反応していて、慰安婦よりこちらの方に過敏になっているように思えます。
ともかく相手の反応如何に関わらず、日本として日本の立場を主張することは重要ですし、これからも続けて欲しいですね。
政権批判は得意な又市氏だが、自分に火の粉がかかると…
社民党の又市征治幹事長(62)が、21日発売の週刊新潮(6月28日号)の出版差し止めの仮処分を東京地裁に申し立てていたことが20日、分かった。又市氏は今年2月にも同誌の出版差し止めを申し立て、同地裁に却下されている。
関係者によると、又市氏が代理人を通じて仮処分を申し立てたのは19日のこと。〈「愛人マッサージ嬢」の告白! 議員宿舎を「ラブホ」にしちゃった社民党『又市幹事長』〉とのタイトルが付けられた特集記事を問題視したものとみられる。
~中略~
又市氏は1944年、富山市生まれ。65年に富山県庁に入庁。95年に自治労富山県本部委員長に就任し、2001年の参院選で、社民党比例代表で初当選した。03年から同党幹事長を務めている。
こんなプロパガンダ以外に意味の無い談話は
もういい加減、排除するべきです。
アネモネさま、いつも深い内容の記事にリスペクトしてます。 これからも、無知な読者を啓蒙してください。
署名は意外と簡単なものではないようですが、そこに敢えて踏み込んだことが素晴しいと感じています。
>タソガレ様
お早うございます。中曽根訪支には驚きました。どうも慰安婦では中共もか弱いですが、南京が控えてますから要警戒ですね。
>社民党の失態さま
今年初めにあった又市の妙な噂は本当だったんですね。又市の誰にも愛されないキャラがまた抜群にはまってます。
>taroさま
本当に何一つ日本国&日本人に利益にならない談話です。はや14年…やっぱり限界点ですね。
>梅昆布茶さま
どうもです。2,500から4000の飛躍ですか。それだけ胸に秘めていた方が多い証左ですね。目指せ1万。
>神谷晃良さま
その通りで、河野洋平という政治家のあらゆる行動に問題があります。談話はこの怪物の集大成でしょうか。
こんなのを飼育して置くほど金が余ってる訳がないのに人材不足、対抗馬が居ない、寂しい話です。
江の傭兵の名前を聞く度に、顔写真を見る度に不快感がのど元にこみ上げてくる。
些細な揚げ足をとるようで申し訳ないのですが、”河野洋平という大物媚中政治家”という表現はいけません。彼は"大媚中政治屋"であっても"大政治家"ではありません。
毎日の日課でこちらのプログは読ませて頂いていました。いつもきちんとした論理での文章で書かれた事実はとても勉強になっていました。
有り難うございます。
で、私も実名で署名しました。日頃の鬱憤が積もり積もっていたので、このように行動出来るのは、とっても素晴らしいことだと思います。
今まで、非ネットユーザーに啓蒙して来ましたが、これからもさらに啓蒙していきたいと思っています。
では、頑張ってください。