プーチン戦争の打算と誤算…大戦を招く狂った歴史講義
黒海のロシア海軍にNATO艦隊は沈黙。ミサイルの雨で空は失われた。最悪に準ずるシナリオで始まったウクライナ戦争。侵攻の根拠にはアジア大戦を呼び込む危険な要素が潜む。
寒冷地仕様の迷彩服をまとった部隊が建物に向け、一斉に銃を撃ち、別の隊員は迫撃砲を放つ。2月5日、キエフ北方にあるプリピャチの廃墟で軍事訓練が行われた。
「実際の市街戦に限りなく近い状況で実弾訓練ができる」
参加した隊員は無人の街を見渡した。プリピャチは、チェルノブイリ原発事故で立ち入り禁止エリアに指定され、35年以上の歳月を経て廃墟の街となった。
▽チェルノブイリ周辺での軍事訓練2月4日(ロイター)
チェルノブイリ周辺にある封鎖地域での大規模訓練は、これが初めてだという。訓練を主導したウクライナ内務省は、都市の再現度が適している為だとするが、真の狙いは別にあった。
ウクライナに侵攻するロシア軍が、チェルノブイリを突破してキエフに直接南進するケースもある…日米防衛筋から漏れ伝わった情報だ。ウクライナ当局も可能性を吟味し、警戒を強めていたと思われる。
▽封鎖エリア内で訓練を行う部隊2月4日(時事)
放射線量の高いホットスポットが封鎖地域の何処にあるか、ロシア側は知らない。大切な精鋭部隊を危険に晒すチェルノブイリ突破作戦など実行するはずがない。そう考えていたが、甘かったようだ。
日本時間2月25日未明、ベラルーシから侵入したロシア軍がチェルノブイリで交戦状態に入ったと一報が届く。ロシア軍は短時間で制圧し、石棺として有名な4号機を含む一帯を支配下に置いた。
「部隊移動の為の複数ルートを開き、主要地域を支配下におく作戦の重要な一部だ」
▽キエフ北の濃い赤が立ち入り禁止エリア(CSIS)
米シンクタンクの専門家は、戦略上の要衝を抑えたと指摘する。封鎖区域からキエフまでの距離は約110㎞と近く、更に南下して首都を包囲する北側の拠点となる。
プーチンは精鋭部隊が汚染の危険に曝されることも厭わない。およそ常識が通用しないロシアの軍事行動。チェルノブイリ制圧は、その象徴だ。
【苛烈な市街戦か、無慈悲な絨毯爆撃か】
「キエフにイスカンデルの雨が降る」
最悪の事態に近い悲観的な見方も一部にあった。イスカンデルは北朝鮮が’19年7月に発射した短距離弾道ミサイルのオリジナルだ。正直に言うとウクライナ全土へのミサイル攻撃には懐疑的だった。
しかし、ロシアは160基以上のミサイルを打ち込み、全域の軍事施設や管制塔を破壊。僅か3時間前後で制空権を確保した。第二の都市・ハリコフ近郊へのロシア戦車部隊到達は24日昼だったという。
▽空爆受けたハリコフ近郊の空軍基地2月24日(AFP)
電撃戦である。ウクライナ側はベラルーシ南部に追加配備されたイスカンデルを強く警戒していたが、実戦で防空システムは殆ど機能しなかった模様だ。
「敵は私を第一の標的に定めた。国家元首を失脚させることでウクライナを政治的に壊滅させるつもりだ」
ゼレンスキー大統領は2月25日、国民向けのビデオメッセージで、そう語った。米国のブリンケン国務長官もロシア軍の首都侵攻は政権転覆を狙ったものだと指摘する。
▽キエフ住宅街に墜落した航空機2月25日(ロイター)
いわゆる斬首作戦だ。ロシア軍の大規模な侵攻を断言しても、ここまで踏み込んで予測した軍事アナリストは皆無だった。予想を覆して進展するのが、今回のウクライナ戦争だ。
「キエフ陥落も時間の問題ではないか」
包囲網構築の速さから、キエフ制圧が間近との観測も相次ぐ。しかし、米欧州陸軍の元司令官は、人口280万人の首都攻略戦は困難で、数カ月の市街戦と人的資源の全面投入が必要になると指摘する。
▽市内に展開するキエフ防衛部隊2月25日(ロイター)
「実現可能だとは全く思えない。ホテル程度の建物ひとつを占領するだけでも、一個大隊が割かれる」
参照:ブルームバーグ2月25日『ロシアの狙いは「電撃戦」、ウクライナ軍の迅速な破壊-専門家が見解』
ウクライナ国防省は開戦後、予備役や市民有志に1万8,000丁の銃を配り、モロトフカクテルの作り方を指南した。大統領府が降伏に傾いても、抵抗運動が活発になる可能性もある。第二のアフガン化だ。
キエフ攻防戦の長期化予想は、ロシア軍による絨毯爆撃を想定していない。基地攻撃でのコラテラル・ダメージを意に介さなかったプーチンが、キエフ大空襲に躊躇するとは思えない。
▽攻撃受けたキエフの高層住宅2月26日(AFP)
ロシア軍は予想を超えた「恐怖と畏怖」で全面侵攻を始めた。戦後処理や講和を考慮しない規格外の戦術で、化学兵器が使われても驚かない。独ショルツ首相は、その行動原理を一言で解き明かす。
「これはプーチンの戦争だ」
【守備隊全滅と消えたNATO艦隊】
「必要性も大義名分もない。ウクライナ侵攻などあり得ない」
開戦前、複数の専門家はそう強く主張していた。予想の大外れに対して今は批判も弁護もしない。筆者は「間伸びした外交の神経戦」と見通し、開戦直後に戦車隊がキエフに迫るとは考えてもいなかった。
NATO主要諸国と欧米メディアが「戦争前夜と煽っている」という批判的な論調も目立った。これも完全な的外れとは言えない。ゼレンスキー大統領は1月28日の会見で、こう語っていた。
▽会見するゼレンスキー大統領1月28日(時事)
「尊敬される複数の国家指導者でさえ、明日にも戦争になると言ってくる。これはパニックだ。我が国はタイタニック号ではない」
参照:BBC1月29日『ウクライナ大統領、西側諸国は「パニックを作り出すな」ロシアとの緊張めぐり』
バイデンと緊急電話会談を行った直後の発言だった。強がりではなく、ストレートな批判だ。また、タイタニックの比喩は、国外退避を急ぐ英米の大使館職員に向けた皮肉である。
▽爆撃で炎上するキエフ中心部2月26日(ロイター)
ウクライナ政府の読みの甘さを責めても仕方あるまい。ゼレンスキー大統領はNATOが第三者的な振る舞いをするとも、いきなり米国が軍事オプションを手放すとも考えていなかったはずだ。
「ロシア艦に応答する…くたばりやがれ」
黒海に浮かぶズミイヌイ島守備隊の最後の交信記録が公開された。投降を拒んだ兵士13人はロシア艦から砲撃を受け戦死した。「守備隊全滅」という文字を見るだけで胸に熱いものが込み上げてくる。
▽守備隊が全滅したズミイヌイ島(BBCfile)
NATOの艦船は黒海の公海上でもロシア艦を牽制していなかったのか…ロシア海軍の揚陸艦は1月にボスポラス海峡を抜け、2月中旬には30隻が参加する大規模演習が実施された。
黒海北部では日系タンカーを含む3隻の商船が被弾し、重傷者も出ている。昨年、クリミア沖で演習を繰り返していたNATO艦隊は、挑発した挙句、有事の際には消え去った格好だ。
▽黒海に向かうロシア海軍艦艇2月9日(ロイター)
今後、ロシア擁護のロジックで英米がウクライナ戦争を仕掛けたとの論調が流通すると推測するが、与しない。ロシアの軍事作戦は、NATOが想定したシナリオの中で、最悪に準ずるものだったのだ。
【プーチン歴史講義の危険な教室】
「ロシアは攻撃の為の口実づくりを計画している」
米国のブリンケン国務長官は2月17日、UN安保理の演説で「偽旗作戦」への警戒を呼び掛けた。筆頭に挙げたのが、テロリストの犯行を装った自作自演の爆破事件だった。
翌18日夜、東部ドネツク市で親ロ派幹部の車両が爆発し、ロシアの通信社が大々的に報じた。余りにも単純で“ニセの偽旗作戦”ではないかと疑うレベルで、国際社会は反応しなかった。
▽爆発した親ロ派組織幹部の車両2月18日(ロイター)
続く21日、ウクライナ東部にある2つの“人民共和国”を国家承認。平和維持部隊の名目でロシア軍派遣を指示した。ミンスク合意の一方的な破棄であり、これで外交解決の道は閉ざされた。
事実上の開戦宣言で、東部侵攻は秒読み段階に入った。G7各国は制裁を打ち出し、強く非難したが、同時に失笑も買う。要請による派遣という口実も古臭く、平和維持部隊のネーミングもセンスがない。
▽ドネツク市で復活したレーニン像1月(ロイター)
緒戦における猛攻は軍事大国の実力を世界に知らしめるものだった。その陰で、宣戦布告の前段階でプーチンが下手を打ち、鈍臭いミスを重ねていたことは忘られがちだ。
「我々の利益と合法的な要求に対する侮辱的で軽蔑的な態度をどう説明するのか」
派兵承認と同じ2月21日夜、プーチンは国民向けのテレビ演説を公開した。1時間に近い歴史講義で、そこには長きに渡って“西洋列強”に虐げられた被害者としてのソ連・ロシアが描き込まれる。
▽長々と歴史講義するプーチン2月21日(EPA)
習近平が繰り返して唱える「屈辱の100年」とオーバーラップする。列強の覇権主義・権威主義によって、古い大国は輝きを失い、分断された…それを取り戻す時が来たのだ、と。
「これらの領土は、歴史的にロシアだった」
題名を付けるなら「偉大なるロシア民族の復興」だ。広大な領土を本来持つとする“真のロシア”設定は、元朝や清朝も引っ括め“ひとつのチャイナ”と騙るCCP史観と共通する。
▽会談に臨むプーチン&プー2月4日(AP)
「ロシア語や文化を抹殺し、同化を進める政策が続いている」
習近平が聞いたら脱糞するようなセリフもあるが、ロシア人の定義を極限まで拡大して侵攻を正当化している。「民族」が政治的な分類に過ぎないことを再確認しておきたい。
それ以上に警戒すべきは、ウクライナ緊迫の過程で「ロシア語話者」という分類が飛び交ったことだ。特定の言語話者を守る名目で他国に侵攻し、領土を奪うなど許されない。
▽講義を聴く“親ロ派の避難民”2月21日(AP)
「ロシア語話者」を北京語話者、支那語話者に置き換えると悪寒が走る。中共が台湾国や東南アジア諸国に侵攻する大義名分に使われる恐れも出てきたのだ。
「プーチン大統領は欧州大陸に再び戦争を持ち込み、歴史の誤った側に立った。国際秩序への深刻な脅威で、影響は欧州に留まらない」
G7緊急声明も、珍しく歴史認識に踏み込んで非難した。「国際秩序を破壊する暴挙」という主張は正しい。このまま戦局が推移し、ウクライナ侵略が完遂された場合、激動は確実にアジアに及ぶ。
〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発となります
↓

参照:
□CSIS’22年1月『Russia’s Gamble in Ukraine(PDF)』
□Yahooニュース2月24日『プーチン大統領は国民にいかに「ウクライナ侵攻」の理由を説明したのか【1】1時間スピーチ全文訳』
参考記事:
□読売新聞2月5日『チェルノブイリ原発から3キロ、ウクライナ北部で治安部隊が大規模訓練…市街戦を想定』
□Business journal2月22日『ウクライナ侵攻ならチェルノブイリ原発が戦闘地域化の懸念…人類史上初、欧州に危険も』
□中日スポーツ2月25日『チェルノブイリ原発、再び放射能汚染の危機か ロシア軍が反応炉と核廃棄物の貯蔵施設を破壊、放射能レベル上昇の報道も』
□ニューズウィーク(フォーリン・ポリシー)1月21日『【ウクライナ侵攻軍事シナリオ】ロシア軍の破壊的ミサイルがキエフ上空も圧倒し、西側は手も足も出ない』
□BBC2月15日『【解説】 ロシアのウクライナ侵攻準備、どれくらい完了しているのか』
□時事通信2月25日『ミサイル160発、首都制圧狙う ロシア軍侵攻3方向、137人死亡―チェルノブイリ掌握・ウクライナ』
□日経新聞2月18日『ロシア、侵攻正当化の偽装工作 米警戒「8年前に酷似」』
□読売新聞2月19日『ウクライナ東部で爆発、標的は「親露派」…ロシアが軍事侵攻へ口実作りか』
□産経新聞2月25日『「ロシアは核保有国」「攻撃を加えれば不幸な結果に」プーチン大統領の演説要旨』
□日経新聞2月25日『G7首脳が緊急声明、ロシアに「厳しい協調された制裁」』
□ロイター1月29日『ウクライナ大統領、米のパニック的対応批判 ロシアとの緊張巡り』
寒冷地仕様の迷彩服をまとった部隊が建物に向け、一斉に銃を撃ち、別の隊員は迫撃砲を放つ。2月5日、キエフ北方にあるプリピャチの廃墟で軍事訓練が行われた。
「実際の市街戦に限りなく近い状況で実弾訓練ができる」
参加した隊員は無人の街を見渡した。プリピャチは、チェルノブイリ原発事故で立ち入り禁止エリアに指定され、35年以上の歳月を経て廃墟の街となった。
▽チェルノブイリ周辺での軍事訓練2月4日(ロイター)
チェルノブイリ周辺にある封鎖地域での大規模訓練は、これが初めてだという。訓練を主導したウクライナ内務省は、都市の再現度が適している為だとするが、真の狙いは別にあった。
ウクライナに侵攻するロシア軍が、チェルノブイリを突破してキエフに直接南進するケースもある…日米防衛筋から漏れ伝わった情報だ。ウクライナ当局も可能性を吟味し、警戒を強めていたと思われる。
▽封鎖エリア内で訓練を行う部隊2月4日(時事)
放射線量の高いホットスポットが封鎖地域の何処にあるか、ロシア側は知らない。大切な精鋭部隊を危険に晒すチェルノブイリ突破作戦など実行するはずがない。そう考えていたが、甘かったようだ。
日本時間2月25日未明、ベラルーシから侵入したロシア軍がチェルノブイリで交戦状態に入ったと一報が届く。ロシア軍は短時間で制圧し、石棺として有名な4号機を含む一帯を支配下に置いた。
「部隊移動の為の複数ルートを開き、主要地域を支配下におく作戦の重要な一部だ」
▽キエフ北の濃い赤が立ち入り禁止エリア(CSIS)
米シンクタンクの専門家は、戦略上の要衝を抑えたと指摘する。封鎖区域からキエフまでの距離は約110㎞と近く、更に南下して首都を包囲する北側の拠点となる。
プーチンは精鋭部隊が汚染の危険に曝されることも厭わない。およそ常識が通用しないロシアの軍事行動。チェルノブイリ制圧は、その象徴だ。
【苛烈な市街戦か、無慈悲な絨毯爆撃か】
「キエフにイスカンデルの雨が降る」
最悪の事態に近い悲観的な見方も一部にあった。イスカンデルは北朝鮮が’19年7月に発射した短距離弾道ミサイルのオリジナルだ。正直に言うとウクライナ全土へのミサイル攻撃には懐疑的だった。
しかし、ロシアは160基以上のミサイルを打ち込み、全域の軍事施設や管制塔を破壊。僅か3時間前後で制空権を確保した。第二の都市・ハリコフ近郊へのロシア戦車部隊到達は24日昼だったという。
▽空爆受けたハリコフ近郊の空軍基地2月24日(AFP)
電撃戦である。ウクライナ側はベラルーシ南部に追加配備されたイスカンデルを強く警戒していたが、実戦で防空システムは殆ど機能しなかった模様だ。
「敵は私を第一の標的に定めた。国家元首を失脚させることでウクライナを政治的に壊滅させるつもりだ」
ゼレンスキー大統領は2月25日、国民向けのビデオメッセージで、そう語った。米国のブリンケン国務長官もロシア軍の首都侵攻は政権転覆を狙ったものだと指摘する。
▽キエフ住宅街に墜落した航空機2月25日(ロイター)
いわゆる斬首作戦だ。ロシア軍の大規模な侵攻を断言しても、ここまで踏み込んで予測した軍事アナリストは皆無だった。予想を覆して進展するのが、今回のウクライナ戦争だ。
「キエフ陥落も時間の問題ではないか」
包囲網構築の速さから、キエフ制圧が間近との観測も相次ぐ。しかし、米欧州陸軍の元司令官は、人口280万人の首都攻略戦は困難で、数カ月の市街戦と人的資源の全面投入が必要になると指摘する。
▽市内に展開するキエフ防衛部隊2月25日(ロイター)
「実現可能だとは全く思えない。ホテル程度の建物ひとつを占領するだけでも、一個大隊が割かれる」
参照:ブルームバーグ2月25日『ロシアの狙いは「電撃戦」、ウクライナ軍の迅速な破壊-専門家が見解』
ウクライナ国防省は開戦後、予備役や市民有志に1万8,000丁の銃を配り、モロトフカクテルの作り方を指南した。大統領府が降伏に傾いても、抵抗運動が活発になる可能性もある。第二のアフガン化だ。
キエフ攻防戦の長期化予想は、ロシア軍による絨毯爆撃を想定していない。基地攻撃でのコラテラル・ダメージを意に介さなかったプーチンが、キエフ大空襲に躊躇するとは思えない。
▽攻撃受けたキエフの高層住宅2月26日(AFP)
ロシア軍は予想を超えた「恐怖と畏怖」で全面侵攻を始めた。戦後処理や講和を考慮しない規格外の戦術で、化学兵器が使われても驚かない。独ショルツ首相は、その行動原理を一言で解き明かす。
「これはプーチンの戦争だ」
【守備隊全滅と消えたNATO艦隊】
「必要性も大義名分もない。ウクライナ侵攻などあり得ない」
開戦前、複数の専門家はそう強く主張していた。予想の大外れに対して今は批判も弁護もしない。筆者は「間伸びした外交の神経戦」と見通し、開戦直後に戦車隊がキエフに迫るとは考えてもいなかった。
NATO主要諸国と欧米メディアが「戦争前夜と煽っている」という批判的な論調も目立った。これも完全な的外れとは言えない。ゼレンスキー大統領は1月28日の会見で、こう語っていた。
▽会見するゼレンスキー大統領1月28日(時事)
「尊敬される複数の国家指導者でさえ、明日にも戦争になると言ってくる。これはパニックだ。我が国はタイタニック号ではない」
参照:BBC1月29日『ウクライナ大統領、西側諸国は「パニックを作り出すな」ロシアとの緊張めぐり』
バイデンと緊急電話会談を行った直後の発言だった。強がりではなく、ストレートな批判だ。また、タイタニックの比喩は、国外退避を急ぐ英米の大使館職員に向けた皮肉である。
▽爆撃で炎上するキエフ中心部2月26日(ロイター)
ウクライナ政府の読みの甘さを責めても仕方あるまい。ゼレンスキー大統領はNATOが第三者的な振る舞いをするとも、いきなり米国が軍事オプションを手放すとも考えていなかったはずだ。
「ロシア艦に応答する…くたばりやがれ」
黒海に浮かぶズミイヌイ島守備隊の最後の交信記録が公開された。投降を拒んだ兵士13人はロシア艦から砲撃を受け戦死した。「守備隊全滅」という文字を見るだけで胸に熱いものが込み上げてくる。
▽守備隊が全滅したズミイヌイ島(BBCfile)
NATOの艦船は黒海の公海上でもロシア艦を牽制していなかったのか…ロシア海軍の揚陸艦は1月にボスポラス海峡を抜け、2月中旬には30隻が参加する大規模演習が実施された。
黒海北部では日系タンカーを含む3隻の商船が被弾し、重傷者も出ている。昨年、クリミア沖で演習を繰り返していたNATO艦隊は、挑発した挙句、有事の際には消え去った格好だ。
▽黒海に向かうロシア海軍艦艇2月9日(ロイター)
今後、ロシア擁護のロジックで英米がウクライナ戦争を仕掛けたとの論調が流通すると推測するが、与しない。ロシアの軍事作戦は、NATOが想定したシナリオの中で、最悪に準ずるものだったのだ。
【プーチン歴史講義の危険な教室】
「ロシアは攻撃の為の口実づくりを計画している」
米国のブリンケン国務長官は2月17日、UN安保理の演説で「偽旗作戦」への警戒を呼び掛けた。筆頭に挙げたのが、テロリストの犯行を装った自作自演の爆破事件だった。
翌18日夜、東部ドネツク市で親ロ派幹部の車両が爆発し、ロシアの通信社が大々的に報じた。余りにも単純で“ニセの偽旗作戦”ではないかと疑うレベルで、国際社会は反応しなかった。
▽爆発した親ロ派組織幹部の車両2月18日(ロイター)
続く21日、ウクライナ東部にある2つの“人民共和国”を国家承認。平和維持部隊の名目でロシア軍派遣を指示した。ミンスク合意の一方的な破棄であり、これで外交解決の道は閉ざされた。
事実上の開戦宣言で、東部侵攻は秒読み段階に入った。G7各国は制裁を打ち出し、強く非難したが、同時に失笑も買う。要請による派遣という口実も古臭く、平和維持部隊のネーミングもセンスがない。
▽ドネツク市で復活したレーニン像1月(ロイター)
緒戦における猛攻は軍事大国の実力を世界に知らしめるものだった。その陰で、宣戦布告の前段階でプーチンが下手を打ち、鈍臭いミスを重ねていたことは忘られがちだ。
「我々の利益と合法的な要求に対する侮辱的で軽蔑的な態度をどう説明するのか」
派兵承認と同じ2月21日夜、プーチンは国民向けのテレビ演説を公開した。1時間に近い歴史講義で、そこには長きに渡って“西洋列強”に虐げられた被害者としてのソ連・ロシアが描き込まれる。
▽長々と歴史講義するプーチン2月21日(EPA)
習近平が繰り返して唱える「屈辱の100年」とオーバーラップする。列強の覇権主義・権威主義によって、古い大国は輝きを失い、分断された…それを取り戻す時が来たのだ、と。
「これらの領土は、歴史的にロシアだった」
題名を付けるなら「偉大なるロシア民族の復興」だ。広大な領土を本来持つとする“真のロシア”設定は、元朝や清朝も引っ括め“ひとつのチャイナ”と騙るCCP史観と共通する。
▽会談に臨むプーチン&プー2月4日(AP)
「ロシア語や文化を抹殺し、同化を進める政策が続いている」
習近平が聞いたら脱糞するようなセリフもあるが、ロシア人の定義を極限まで拡大して侵攻を正当化している。「民族」が政治的な分類に過ぎないことを再確認しておきたい。
それ以上に警戒すべきは、ウクライナ緊迫の過程で「ロシア語話者」という分類が飛び交ったことだ。特定の言語話者を守る名目で他国に侵攻し、領土を奪うなど許されない。
▽講義を聴く“親ロ派の避難民”2月21日(AP)
「ロシア語話者」を北京語話者、支那語話者に置き換えると悪寒が走る。中共が台湾国や東南アジア諸国に侵攻する大義名分に使われる恐れも出てきたのだ。
「プーチン大統領は欧州大陸に再び戦争を持ち込み、歴史の誤った側に立った。国際秩序への深刻な脅威で、影響は欧州に留まらない」
G7緊急声明も、珍しく歴史認識に踏み込んで非難した。「国際秩序を破壊する暴挙」という主張は正しい。このまま戦局が推移し、ウクライナ侵略が完遂された場合、激動は確実にアジアに及ぶ。
〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発となります
↓

参照:
□CSIS’22年1月『Russia’s Gamble in Ukraine(PDF)』
□Yahooニュース2月24日『プーチン大統領は国民にいかに「ウクライナ侵攻」の理由を説明したのか【1】1時間スピーチ全文訳』
参考記事:
□読売新聞2月5日『チェルノブイリ原発から3キロ、ウクライナ北部で治安部隊が大規模訓練…市街戦を想定』
□Business journal2月22日『ウクライナ侵攻ならチェルノブイリ原発が戦闘地域化の懸念…人類史上初、欧州に危険も』
□中日スポーツ2月25日『チェルノブイリ原発、再び放射能汚染の危機か ロシア軍が反応炉と核廃棄物の貯蔵施設を破壊、放射能レベル上昇の報道も』
□ニューズウィーク(フォーリン・ポリシー)1月21日『【ウクライナ侵攻軍事シナリオ】ロシア軍の破壊的ミサイルがキエフ上空も圧倒し、西側は手も足も出ない』
□BBC2月15日『【解説】 ロシアのウクライナ侵攻準備、どれくらい完了しているのか』
□時事通信2月25日『ミサイル160発、首都制圧狙う ロシア軍侵攻3方向、137人死亡―チェルノブイリ掌握・ウクライナ』
□日経新聞2月18日『ロシア、侵攻正当化の偽装工作 米警戒「8年前に酷似」』
□読売新聞2月19日『ウクライナ東部で爆発、標的は「親露派」…ロシアが軍事侵攻へ口実作りか』
□産経新聞2月25日『「ロシアは核保有国」「攻撃を加えれば不幸な結果に」プーチン大統領の演説要旨』
□日経新聞2月25日『G7首脳が緊急声明、ロシアに「厳しい協調された制裁」』
□ロイター1月29日『ウクライナ大統領、米のパニック的対応批判 ロシアとの緊張巡り』
この記事へのコメント