プーチン人民共和国の地下壕…スターリン2世を眠らせろ

電撃侵攻失敗に続き、謀略の本家ロシアが情報戦でもウクライナに屈した。反転攻勢を狙うプーチンの禁じ手に世界は戦々恐々。スターリン2世が赴く先は、ツァーリの玉座か、地下壕か。
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「砲門を粉砕した後、強力な装甲部隊が最前線に突入し、抵抗の激しい箇所を迂回して敵の後方深くに侵入する。伝統的な縦深攻撃と呼ばれる戦い方です」

湾岸戦争にも従軍した英国の軍事評論家は、開戦直後のロシアの猛攻をそう評した。ソ連時代に確立され、受け継がれてきた縦深戦術理論に基づく作戦と捉えたのだ。
▽スターリンに粛清された理論の生みの親(file)
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縦深戦術理論は、赤いナポレオンの異名を持つ赤軍元帥のトゥハチェフスキーが編み出したもので、大戦末期の対独戦で威力を発揮。1944年6月のバグラチオン作戦が完成形とされる。

D-dayの約2週間後に始まった同作戦は、今のベラルーシ東部から猛攻を仕掛け、弱体化した独陸軍を総崩れにさせた。その78年後のウクライナ侵略は進軍経路、また地理的にも重なる部分が多かった。
▽バグラチオン作戦の赤軍進路(wiki)
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赤軍伝統の戦術に巡航ミサイルと自走砲の大群が加わる。ロシア軍の戦力は圧倒的と見られたが、現実は違った。第1陣の損傷を無視して進撃する第2陣は現れず、縦に深く進撃することはなかった。

「よくぞ、やってくれた」

東部ドネツクの親ロ派住民は、歓喜の声を上げた。“人民共和国”エリアでは、義勇兵に志願する若者の姿もあったという。しかし、侵攻に呼応して武装蜂起した住民は限定的だった。
▽ドネツクに侵攻する露軍戦車2月24日(ロイター)
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国境を越えて直ぐの所で、最初の計算違いが起きた。クレムリンも現地の将校もロシア軍が「解放軍」として歓迎されると信じていた模様だが、実状は異なり、激しい抵抗に晒された。

東部戦線のウクライナ軍が白旗を掲げ、次々に造反者が出るとでも想定していたのか…戦術以前の問題である。“共和国”エリアは制圧したものの、東部2州全域にロシア国旗が翻ることはなかった。

【お涙が好きな政治ショーの主戦場】

予め断っておくと、エモーショナルな戦争報道は個人的に好みではない。戦争はパワー対パワーの物理現象だ。報道機関には感情論を削ぎ落とした上での戦況速報が求められる。
▽米製対戦車ミサイル「ジャベリン」’18年(ロイター)
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それでも「ジャベリン徹底解剖」のような企画物をTVで伝えると、視聴者に怒られ、上層部から嗜められ、更に数字も稼げないという地獄絵図になる。地上波に於ける軍事評論家“冬の時代”は終わらない。

「心配しないでください。彼は元気です」

ボランティアのウクライナ人が、兵士の母親に電話で語り掛ける。武装解除された若いロシア兵は温かい紅茶とパンを貰い、スマホで母親と会話し、涙ぐむ…王道から逸れ、感情に訴えかける戦争報道だ。
▽泣く露軍兵士(WSJ記者投稿動画より)
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捕虜の取り扱いに関するジュネーブ条約が気になる。虐待ではなく、接待なら晒しても許されるのか。またウクライナ人が扮装している可能性も捨て切れないが、この際、真偽を深く問う必要はない。

プロパガンダとキャンペーンが入り乱れるのが戦争である。国際世論を味方に付ける為の情報戦は、序盤で決定的な役割を担う。我が軍のハワイ米軍基地奇襲で醸成された国際世論が好例だ。
▽避難民となったウクライナ人母娘3月4日(産経)
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世論戦とも言えるこのバトルでウクライナ側は、まさかの連戦連勝を続けている。この“お涙頂戴路線”は統一の戦略らしく、ウクライナUN大使の演説でも貫かれた。

「ママ、僕は今、ウクライナに居るんだ。訓練じゃない。本当に戦争が起きているんだ。怖いよ。民間人も標的にしている」

キスリツァUN大使は壇上で、戦死したロシア兵のスマホに残っていたとする会話を読み上げた。信憑性を問う声も上がるが、UNは国際世論形成の主戦場だ。
▽会話文を読み上げたキスリツァ大使2月28日(UPI)
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ロシアなどP5が直接関与する戦争・紛争で、安保理は全く機能せず、ガス抜きにもならない政治ショーと化す。だが世論戦では、そのショー的な要素が鍵となり、一国の運命をも左右する。

欧米主要メディアの全面援護があるとは言え、ここまでウクライナが有利に進めるとは予想外だった。そして注目すべきは、謀略大国のロシアが、低レベルの情報戦でも劣勢を強いられていることだ。

【ロシアの謀略100年史に大きな傷】

ロシア軍は3月1日、ウクライナ第2の都市ハリキウ(露名ハリコフ)中心部へのミサイル攻撃を敢行。住宅街や政府庁舎に被害が出た。この攻撃について、駐日ロシア大使は翌日夜、こう語った。

「ウクライナ軍による誤射だ」

私見ではなく、ロシア国防省の公式発表もウクライナ軍の誤射と認定したという。この誤射説に対し、英国のネット探偵団ベリングキャットが映像を解析、形状からロシア保有の巡航ミサイルと割り出した。
▽市庁舎を狙った巡航ミサイル(検証画像)
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英ベリングキャットはチート級の調査チームだ。だが、ロシア国防当局は、高速のミサイルが監視カメラのフレームに収まる可能性はないと踏み、ウクライナ軍側の自作自演と主張した。

「ロシアの攻撃というのは事実ではない。これは前例のないウソと偽情報キャンペーンの一部だ」

欧州最大のザポロジエ原発攻撃も同様だった。ロシアのネベンジャUN大使は、3月4日の安保理緊急会合で全否定したが、監視カメラははロシア軍戦車隊が一方的に砲撃する模様を捉えていた。



自らを袋小路に追い込む自爆レベルの虚偽説明で、同志国の中共にも軽く「懸念」を表明される事態に発展。最強の国際機関IAEAまで完全に敵に回して今後、どう立ち回る算段なのか…

プーチンはKGB出身とは思えぬ程、謀略面で拙さを見せる。ロシアは、コミンテルン創設以来100年の悪しき伝統を継承するプロパガンダの本家本元だ。
▽意図不明のプーチン“長過ぎる会議”2月28日(AFP)
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中共はソ連の手口を教科書にして学界や財界、そして政党にエージェントを浸透させてきた。レフチェンコ事件を紐解くまでもなく、工作対象の筆頭は大手メディアである。

開戦前、一部のメディアではロシアの代弁者が重用され、英米デマ説を唱えた。未だに苦労して発言を続けている猛者も居るが、いずれも小粒で、我が国の世論を揺さぶる大きな影響力はない。
▽露軍の人道支援を宣伝する写真(スプートニク)
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バランスを期す目的で、国営の「スプートニク」や「ロシア・ビヨンド」の日本版サイトを訪ねてみたが、平常運転に近い。英語版イタルタス通信も、プロパガンダ臭は控え目だ。

瘴気に満ちた中共の「環球時報」とは決定的に異なる。ロシア管制メディアの意外な程の冷静さは、薄気味悪くも感じるが、そこに小さな希望を見出す。

【スターリン2世を地下壕に突き落とせ】

「反戦デモ」と聞いただけで虫唾が走る。プロ市民が仕切る芝居懸かった活動は無論、記録映像で知るベトナム戦争当時の米国のデモも根っこの部分で思想信条と合致しない。

一方で、抑圧国家での反戦デモは例に漏れる。街頭に繰り出した後、自宅に無事戻れる保証はなく、拘禁され、拷問で死に至るケースさえ有り得る。開戦日の夜に見られた光景は、それに近かった。
▽プーチン出身地の反戦デモ摘発2月24日(AP)
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モスクワを始め露国内52都市で2月24日に行われた反戦デモでは1,400人以上が拘束された。警官隊が荒ぶるシーンを外国メディアに撮影された時点で、情報戦として負けだ。

デモ参加者がロシア国民の極一部であったとしても、ウクライナ侵略を美化する海外の代弁者たちは立つ瀬を失う。当局は、国内の抗議でウクライナ国旗が翻るとは夢にも思っていなかっただろう。
▽ウクライナ国旗を纏ったデモ参加者を拘束2月24日(VOA)
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「ロシア軍が民間人を狙う訳がない。自国民を殺しているのはウクライナ人だ」

砲撃音が鳴り響く中、モスクワ在住の母親に連絡した女性は、そう言い返されて酷く困惑した。ロシア国内の情報が制限され、母親は政府の宣伝を素直に受け入れていることを嘆く。

前述した通り、ロシアの管制報道は抑制が効いたトーンだが、「特別軍事作戦」で統一されている。「戦争」「侵攻」などの表現を使った人気の独立系テレビ局やラジオ局は閉鎖に追い込まれた。
▽最後の放送終えた独立系TV局3月4日(BBC)
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一部SNSの規制に続き、3月4日にはフェイクニュース発信者に厳罰を課す新法が成立。当局側の恣意的な拘束を懸念し、欧米メディアは相次ぎ支局の一時停止を決めた。ロシアの中共化が加速する。

「この戦争は、地下壕に座っている誰かが選択したものだ。1945年の5月、ベルリンの地下壕に居た男の末路を誰もが知っている」

ウクライナのキスリツァUN大使は緊急特別会合の演説で、挑発的に語った。ヒューラーと重ね合わせる批判が流行しているが、プーチンの場合はスターリンが相応しい。
▽言論統制強化に賛成したロシア下院3月4日(ロイター)
4日にモスクワで開催されたロシア下院の会議=ロシア下院ロイター.png

フェイクニュース禁止法は、ロシア下院の全会一致で承認された。結束力が示されたのではない。ロシア議会は昨年の総選挙でオール与党体制が確立され、丸ごとプーチンに支配される構造になった。

共産党内の確執があった旧ソ連ブレジネフ時代より醜悪な人民共和国の誕生だ。核兵器に加え、プーチンは資源供給のバルブを開け閉めする権利も持つ。EU各国がエネルギーの毒汁を啜ったツケは大きい。
▽モスクワ近郊で会議に臨むプーチン3月3日(時事)
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果たして、凶暴なスターリン2世を地下壕で眠らせることが出来るのか…北半球を激動に巻き込む世界史的な正規戦。それをウクライナ一国の兵士に任すのは余りにも酷だ。



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参考記事:
□英メール2月24日『Prepare for BLITZKRIEG in Ukraine: Military expert predicts Putin's next move will be to drive tanks deep into enemy territory to 'disrupt, disorient, and dislocate' in 'scaled-up' version of Hitler's infamous 'Lightning War’』
□BBC3月4日『ウクライナ侵攻をロシアのテレビで見る まったく別の話がそこに』
□BBC3月5日『ロシア、軍の「偽情報」報道に刑罰 BBCなど西側主要メディアはロシアでの活動を中止』
□9ポスト3月4日『【神対応】降伏したロシア兵の若者が、ウクライナ人に心温まる対応をされる動画が話題に!』
□Business insider3月1日『ウクライナの国連大使は「戦死したロシア兵と母の会話」とされるメッセージを読み上げた』
□Yahooニュース3月4日『ロシアとウクライナのプロパガンダ合戦、ミサイルの正体について(JSF)』
□時事通信2月26日『ロシアで「反戦デモ」即時弾圧、プーチン政権に危機感』

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